2018年5月22日火曜日

雑記 〜K氏遭難死に思うこと



 人は名乗るだけなら何とだって名乗れる。例えば、貴方だって今日今から『登山家』を名乗ることは可能だ。ただし、他人がその人を『登山家』だと認識するか否かはまた別のハナシ。

 昨日、ある『登山家』が亡くなった。多くのアルピニストにとって究極の夢であるエベレストに何度も取り付いてはその度に失敗し、凍傷で9本の手指を失い、最後にはついに遭難して命を落としたのだ。

 私はこれを「夢に生き、夢に果てた」などとは絶対に思わない。無残である。ひたすら無残。技術も経験も体力もないのに身の丈をはるかに超えた挑戦をして当然のように返り討ちに遭っただけ。死者を鞭打ちたくはないが、この遭難死は自死に等しい必然だろう。

 善意的に解釈するならば、自分のついた嘘に飲み込まれ、もはや軌道修正ができなくなっており、いつかはこんな結果を招くと知っていながら山へ入ったか。

 それとも現実からひたすら目をそらし「自分だけは特別。自分だけは死なない。最後には必ず勝つ」と根拠のない自信にしがみついていたのか。だとしたら救いようがない。

 メディアへアピールしたり、企業を回ってスポンサーを募ったり、講演をしたり、そうやって8度ものエベレスト遠征の莫大な費用を工面する。これはこれだけで素晴らしい才能だと思う。誰にでも出来ることじゃない。その才能を別の方面に向けていたならば、また違った人生が待っていたかもしれないのに。やはり無残。

 ネット上には彼のついた嘘の数々や、未熟さを示す動画画像証言が山のように残っている。彼の死後もそれらはデジタルタトゥーとして永遠に残るのだろう。それもまた無残である。なんだかなぁ〜(ため息

 さて、翻って我が身を思うに私は『整体師』になれているのだろうか。

 10年前の開業時には「いざ看板はあげてみたけど、何の経験も実績もない私みたいな者のところに患者さんなんか来るんだろうか?」と不安で不安で胃が痛くなったり、患者さんが来てみれば「上手に施術出来るだろうか?」と表情が引き攣ったり。それが今では穏やかな顔で患者さんをお迎えできている……はず。

 今更こんなことを言うのも変かもしれないけど、私は『整体師になれる』んじゃないかなぁ。


 

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