2016年5月7日土曜日

一華開五葉


 本日千客万来。有り難くも気持ち良くお仕事をさせていただき、程よい汗と疲れをもって業務終了。今宵も酒が旨いでしょう。

 タイトルは禅の初祖、達磨大師が亡くなる直前に御弟子さんに遺したという言葉の一部。施術室に掲げてあるカレンダーから。ちなみにこの墨跡カレンダー、お馴染みさんであるお寺の奥様よりの頂き物で、毎年秘かに楽しみにしているのです。


一華開五葉 結果自然成

 文字通りに読み下せば『一華五葉を開き、結果自然と成る』。「五葉」とは「五つの花弁」の意。さて、これがどんな意味を含んでいるのか……は、所謂『禅語』だけに軽々に私が解釈するのは烏滸がましいことではあるのですが……やはり、ふと思うのは「俺って花を咲かせてる?」って自問自答。

 どこへ行っても、何をやっても長続きせず、常に言い訳と恨み言ばかりを口にしていた私が、気付けば店を開いて9年目。それも、そこそこ楽しくお仕事させて頂いているのだから、これは『結果自然と成っ』たのでしょうか? いやいやわからんぞ。明日の朝には持てるだけの一切合財をバイクの後ろに括り付けて高飛びするかも?

 そんなことをウダウダと考えていたら、以前読んだマンガに出てきた子供とオヤジのやり取りを思い出しました。

「やりたいことがどうしてもできなかったら、どうしたらいいのかな?」と不安な子供。

 オヤジは言います。「おまえさぁ、できないできないばっかり言うなよ。何ができないかなんてのは大したことねぇぞ。大事なのは何ができるか、なんだ」

 そして、オヤジは続けます。

「オレたちは何のためにメシを食ってるんだ? またメシを食うためじゃねぇだろう。自分にできることを探してるのさ。世の中はみんなそれを探してウロウロしてるんだ」

「いいか、できなかったら、別のことをやれ。それもできなかったら、別のことをやれ」

「でも……一生何もできなくて、別のことばかりをやってたらどうなるのかな?」

「別なことばっかりやってる一生? それも悪くねぇだろ。まぁ枝ばっかりある木みてぇなもんさ」

 多分、私はオヤジの言うところの『枝ばっかりある木』です。大輪の花を咲かせることも、太い幹の大樹となることもできないでしょう。しかし、クネクネのヘロヘロで、綺麗な花を咲かせることもなく、それでも人知れず根を張り、背伸びも無理もせず、自分にできることだけをやって、誰かのお役に立てているとしたら、これはこれでアリかな、と。

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