2016年4月15日金曜日

Study to be quiet.

 本日お茶挽き。ハーモニカの稽古にも飽きて、天気もいいし、久しぶりにバイクを引っ張り出す。せっかく新しいヘルメットも買ったしね。

 それでも遠出はできず、院から10分のネオパーサ駿河湾沼津へ。高台から駿河湾と伊豆半島をボケーっと眺める。こんな時、ライダーの定番は煙草と缶コーヒーか、ソフトクリームなんだが……糖質制限継続中だし、それ以前に、それらいずれにも興味を失って久しいしなぁ。




 施設の植栽、芝生を張った築山に中国人(台湾人かも?)観光客が登り、そこからジャンプした瞬間を遠景の駿河湾とともにカメラに収めようとしている。「イー、アル、サンッ!」というカメラマンの掛け声が聞こえてくる。

それを耳にして「ほぉ、本当に『1、2、3』は『イー、アル、サン』なんだ。良い写真が撮れるといいねぇ」などと呑気に思っている自分に、なんとなく可笑しくなる。

 ちょっと前までの自分なら「おい、そこは立ち入っていい場所かよ? よその国来てるんだからマナーくらい守れよ。チッ!」などと間髪いれずにイラついていたはず。

 ここ数年で、我ながら呆れるくらいに人間が変化してきている。

 私という人間は元来イヤな奴だ。いつもイライラし、ちょっとしたことで怒り、否定的な意見には耳を貸さず、正しいのは常に自分だと思い込み、それを強弁的に周囲に認めさせようとする。そうやってあちこちで反感を買い、せっかく頂いた沢山の御縁をフイにして今に至っていると言ってもいい。

 それが、ンまぁ人間的な本質は変わってないにせよ、なんというか、沸騰点が高くなったというか、滅多なことでは怒らなくなった。

 今から二十数年前、鼻持ちならない小僧だった私に、当時の兄貴分がこんな話をしてくれたことがある。

「なぁ、コータローよ。神社とかお寺の建物に、太くてまん丸い柱が使われてるの、知ってるよな。あれ、昔の人がどうやって作ったか知ってっか?

 江戸っ子の兄貴分は由緒正しい宮大工の末裔。私の屁理屈や『知ったか』は通用しない。頭を抱える私にニヤリ。

「いいかコータロー、まず真っ四角な木材を切り出すだろ、その角を削って八角にする、さらにその角を削って十六角、さらに削って三十二角、それを繰り返すとどうなる?」

「成る程、道理だ」と首肯する私に「お前に必要なのはそれだよ」とニヤニヤしながら。あの頃は分からなかった兄貴分の謎掛けの、その真意がようやく分かってきたのかも。

 あっちに衝突し、こっちに抗い、そうやって転がる石のように少しは私も丸くなってきたということか。

 しかし、それはつまり、私の心境がここに至るまでに、私と出会った多くの人の思いや言葉を鉋や砥石代わりに使い、少なからず相手をも傷付け、敵を量産してしまったとも言えるのだよなぁ。

 今だって、油断してると『言わなくてもいい一言』や『無意味なダメ出し、ダメ押し』が口を突いて出る。現在、その被害に最も遭っているのは嫁さんだったりして(汗

 だから……ってわけではありませんが、もし、ここ最近の院長を「ノリが悪い、付き合いが悪い」って思ってる方、どうぞ堪忍してください。今の私の意識は完全に内向き。自分で自分を研ぎ出そうと思っているのです。

 私という人間はまだまだ道半ば。『静かなることを学ぶ』には、もっと時間が必要です。それにしても我ながら随分と無駄な時間を過ごしてきたもんだよw

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