2016年1月31日日曜日

ワタクシ、世が世なら呉服屋の御曹司、放蕩息子の与太郎です。



 早めの形見分け……のつもりではないでしょうが、親父が着ていた泥染大島のお対を譲り受けました。

 ありがたいことに乳母日傘で後生大事に育てていただき、親父より背が伸びてしまったので、一度解いて丈を出さねばならず、どうせだからと洗い張り(洗濯)して、金巾(カネキン/裏地)を新しくして、なんだかんだでン万円掛かったとか。

 正直言うと、それだけの諭吉さんをゲンナマで頂いて、気安く羽織れる木綿のお着物を仕立てた方が……なんてチラリと思ったりしましたが、おそらくはこれから先も大島紬なんぞ正札で仕立てられる御身分にはなれそうにないので、ありがたく一張羅の晴着とさせていただきましょう。

 一緒に送られてきた帯は加島呉服店の在庫品から。先日帰郷したら店の看板を掛け替えており『呉服店』の文字が消えていたので、今いる常連さんを最後に商売を縮小するつもりなのでしょう。

「昔からの縫い子さんは皆止めてしまって、今回の仕立てを頼むのも大変だった。呉服はもうダメだ」と親父は嘆きますが、呉服屋の息子に産まれながら、呉服の“ご”の字も両親から教えられることもなかった私にしたら「何を今更」と。

 しかし、そんな私でさえ、誰に教えられることもなく今ではイッパシのお着物好きとなったし、若い子たちの間では普段着としての着物も静かなブームとして広まっています。

 業態や市場は変わっていくでしょうが、お着物を着る伝統文化が途絶えることはないでしょうね。

0 件のコメント: