2015年9月30日水曜日

バイク神社と 予科練と




 バイクに跨り一路東へ。目的地は下野国安住(やすずみ)神社。全国バイク神社認定第1号。こちらのヘルメットを被ったテルテル坊主の御守りに一目惚れ。この種のファンシーグッズ(?)には個人的に全く興味ないはずなのに、なぜかこれが欲しくて単騎栃木県まで。我ながら困ったオジさんです。

 高速道路をひたすら走って無事に到着。お参りをして交通安全を祈願、御朱印をいただき、念願の御守りもゲット。「バイクで来られた方へ差し上げています」と冷たい缶ジュースと神社のステッカー各種のプレゼントまで。そして、大きな赤い鳥居の前で可愛らしい巫女さんと記念撮影。いやはや流石はバイク神社!

 大満足で次に向かうのは茨城県阿見町、霞ヶ浦の湖水の辺にある予科練平和記念館。

 すでに鬼籍に入っていますが、私の伯父はかつて予科練生でした。

 子供の頃、私はこの伯父が嫌いで嫌いで。母に連れられて帰省すると、事ある毎に「コータローはつまらんのぅ」とニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながらからかうのです。

 最近になって、出陣前に8月15日を迎えたため任を解かれ、生家に帰ってきた若き日の伯父が七つボタンの制服姿で母親に敬礼し「恥ずかしながら帰ってまいりました!」と挨拶した後、ペロリと舌を出したという逸話を聞きました。

 親族一同「あの時、マチトさんはどげな気持ちじゃったんじゃろうのぅ」と。もちろん、私にも分かりません。

 そんな事を思い出しながら記念館の駐車場にバイクを入れると、屋外倉庫のシャッターが開いており、そこにはピカピカの零戦が!


 傍で職員さんが団体さんに説明をしています。
「……無線なんて積んでもパイロットがどんどん外しちゃう。使い物にならないし、重さが100kg以上ある。そんなのを積んでちゃ空中戦で宙返りなんか……」

 あ、私はこの話を聞いた事があるぞ。「コータロー、おまぃ、分かっとらんのぅ。無線で助けを呼ぶやら、そげなことが出来るかよぉ」と。晩酌で赤くなった伯父の顔が浮かびました。

 本来、予科練平和記念館でこの零戦二一型(実物大レプリカ)の展示を開始するのは10月6日より。それをこうやってちらりとでも見ることが出来たのは伯父の引き合わせかもしれません。


 館内の展示をじっくり見学し、隣接する陸自土浦駐屯地内にある雄翔館にも足を運びます。70年以上前の若者たちの息吹を確かに感じながら、それでも彼らが何を思っていたのか、やはり分かりませんでした。簡単に『分かる』と言ってはいけないような気にさえなりました。

 帰路、ヘルメットの中で『若鷲の歌』を歌いながら、伯父の墓参りに行かねばなぁ、と。理解はできずとも感謝はできます。伯父をはじめ多くの若者たちがいて、そのおかげで今の私たちがいるのは間違いないのですからね。

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