2013年10月24日木曜日

三つ子の魂 杵柄取ったら 踊り忘れず




 私がキャンプ遊びを覚えたのは大学に上がった18〜19歳の頃。当時憧れていた風間深志さんのお店に入り浸って少しづつ道具を買いそろえ、その頃乗っていたヤマハDT50のリアに括り付けて気分だけはパリダカールラリー……だが、実際にテントを張って野営したのは数えるほど。せいぜいがアパートの室内で液燃ストーブを焚いて火事を起こしそうになったり、アーミーナイフを持ち歩いてまわりに見せびらかしたりが関の山。

 そんな妄想キャンパーが何を思ったのかキャンプ道具一式を抱えてオーストラリアに渡ったのが21歳の時。ワーキングホリデー制度を使っての渡航だった。

 シドニーでポストオフィス払い下げのおんぼろホンダCT110(ハンターカブ)を買い、目指すはオーストラリア大陸一周。あちらではハイウェイ沿いの町々にキャラバンパークと呼ばれるキャンプ場があり、そこを泊まり歩きながら旅をしようという算段。

 野球をやったことないのにいきなりメジャーリーグに挑戦……という例えは少しオーバーかもしれないが、未経験者同様の素人がいきなり海外キャンプツーリングなど今考えればムチャクチャである。案の定、散々泣きを見た。寒さに震え、暑さに悶え、バイクは故障、食い物の違い、言葉や文化習慣の壁。よくもまぁ死なずに帰ってきたもんだ。出会った人々の助けがあったればこそである。

 もちろん、素晴らしい経験も数々あった。大陸のど真ん中、連中が言うところの"middle of nowhere"の静寂、地平線まで続く真っ直ぐな道、海岸線から100キロ以上離れた荒野で嗅ぐ潮の匂い、満天の星空は南半球の見慣れぬ配置。酒の味を覚えたのもあっちだったなぁ。ま、それらはまた別の話だ。

 帰国後、ちょこちょことキャンプ遊びは続けていたが、いつの間にか興味は失せ、キャンプ道具は仕舞いっぱなし。「俺はもう散々やって卒業したから」と聞いた風な口をきくように。

 それが昨年12月、バイク仲間に誘われて久しぶりの野営。物置からキャンプ道具を引っ張り出して、テントに霜が降りるような寒空で一晩寝たら……なんだかスイッチが入ってしまったようで、そこからキャンプ遊び復活。


 オーストラリアでも使った古いテントを繕って撥水加工を施したり、煤まみれヘコミだらけのコッヘルやパーコレーターを磨いたりして20数年モノの道具を手入れしては喜び、シュラフやマット、ランタンなどを買い替えてその進化に驚き、時の流れをしみじみ感じ入る始末。

 現在ではひと月に1〜2回、暇な平日の昼間にフラッとバイクで出かけ、伊豆や朝霧高原、富士五湖など近場のキャンプ場に幕営。星空の下、普段は呑まぬ酒をやりながら、焚き火を熾し、飯を炊き、肉なんぞを焼き、何年習っても上手にならないハーモニカをプカプカやって悦に入っている。たまには貧乏学生時代に食べたくても買えなかった食材(それでも高くてせいぜい千円前後の品なのだが)を前に一人ほくそ笑んだり。


 翌朝はコーヒーとパンの朝食をすませて素早く撤収。昼前には帰宅して仕事に戻る。嫁さんには「なにが楽しいの?」と呆れられ、私自身も「なにが楽しいんだろ?」と自らに問うも「だって楽しいから!」としか答えられず苦笑い。まぁ、夜の巷で鯨飲したり、おネェちゃんと戯れたりするよりはずっと安上がりだし健康的なので、これもまた良し。

 患者様におかれましては、電話(院を出る時には携帯電話に転送しています)にて「ごめんなさい。今、伊豆(西湖、あるいは朝霧)にいるんで!」と私が謝った際、あるいは留守番電話に転送された際には、ご迷惑をおかけしますが「ああ、またどっかでキャンプしてるんだな」と思ってやってください。リフレッシュ後はいつも通りキッチリと施術させていただきますので。

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