2008年8月27日水曜日

『最後の忍者 どろんろん』 〜前編

小学校低学年の頃、学校に忍者がやってきたことがある。いや、別に私の母校に極秘資料が隠されていたり、校長先生がお殿様の末裔で、暗殺対象になっていたりとかってワケではない。全校生徒が体育館に集まって、忍者のおじさんの講演を聞き、忍術の実演を見たのだ。課外授業のようなものだったのだろうか。

忍者のおじさんは黒装束の上から陣羽織を着た頑強そうな初老の男性で、やたら声が大きかった。演壇上を動き回りながら、体育館の隅々まで響き渡るような声を発していた(30年も昔のことだからワイヤレスのPAシステムなどは存在しない。テレビ収録の時、コント55号がステージを駆け回るのでマイクが音を拾えず怒られていた時代だ)。

忍者の七つ道具の紹介や、高い塀を乗り越えたり身を隠したりする体術、手裏剣の演武などが行われたが、ひとつ演目を行い、私たち生徒から感嘆の声が上がる度に、忍者のおじさんは「やればぁ〜できるっ!」と何度も大音声を響き渡らせた。しかし、それが手裏剣などの危険な技の場合は目玉をギョロッとさせて「絶対に真似をしなぁ〜いっ!」とも一喝していた。

今の生意気な小学生ならば「どっちやねん!」とすかさずツッコミを入れるだろうが、30年前の子供たちは、おじさんが声を張り上げるたびにビクッと身体を小さく震わせつつ舞台に釘付けになっていた。

その時に見た忍者のおじさんの技の中で、今でも鮮明に覚えているのは“気合術”だ。

若い男の先生を壇上に呼ぶと、彼を使って様々な技を披露してみせた。身内の人間を使わないことで『ヤラセ』でないことを証明したかったのだろうか。

自分に襲いかからせ、それを「エイッ!」と気合で動けなくする不動金縛りの術、二脚の椅子の間に腰を宙に浮かせた状態で横たわらせ、気合で身体を硬直させておなかの上に乗ってみせる人間椅子、女の先生を呼んで、気合で力を強くするなんてのもやった。男の先生がどんなに頑張っても、彼女の腕を押さえ付けることができず、あげくに跳ね飛ばされてしまう始末。

最初はうすら笑いを浮かべていた男の先生も、あれこれとキリキリ舞いさせられ、表情を引きつり顔面は蒼白となっていた。普段は怖い先生だっただけに強く印象に残っている。

〜〜〜

あれから幾星霜、すっかり忘却の渕に追いやられていた少年時代の記憶を鮮明に甦らせてくれた一冊こそが、甲賀流忍術十四世藤田西湖の自叙伝である『最後の忍者 どろんろん』(新風舎文庫/ISBN4-7974-9488-3)なのであります。この本、ただの忍術修行者が書いた自慢話と思ったら大間違いだよ、お立ち会い。生きた時代と経験が桁違い。波瀾万丈、疾風怒濤の生き様は、マスター○見も水蜘蛛履いて逃げ出そうってくらい面白いったらありゃしない。

影の軍団、服部半蔵も「甲賀もなかなかやるな!」と認める天魔伏滅の面白さ。皆々様に熱くご紹介させていただきたきところなれど、我が身すでに鉄なり。我が心すでに空なり。ちょうど時間と相成りました。続きは明日の講釈にて!

(弁士深く一礼。すかさず柝の音がチョーン、お囃子とともに緞帳下りる)

4 件のコメント:

シブヤで会いましょうのたなか さんのコメント...

 その忍者のおっさん、うちの小学校にも来たよ。
 指で押しただけで人がくるくる回り出したりしてたよね。
 あの人、どういうルートで来てたんだろうって、時々思い出しては不思議に思ってたんです。結構手広かったんだな。

 今度、一度調べてみましょう。

Cotaro.CACIMA さんのコメント...

>たなかさん

うをっ、知ってるの! この忍者おじさん、あちこちで話題にしたり文章に書いたりしたけど「知ってる」という人は皆無だったよ。宮崎限定だったのかなぁ?

sansara さんのコメント...

私の母がその忍者を見ています。北海道北見市で。やればぁーできる! と叫んでいたのが印象的だった、という話なので、おそらく同一の方でしょう。

催眠術で触りもせずにぱたぱたと生徒を倒していったとか。

私も本書のレビューを書いた者です。ときどき、こちらへも立ち寄らせていただいています。

Cotaro.CACIMA さんのコメント...

>sansaraさま

まさか北海道から目撃情報が寄せられるとは思いませんでした。驚きです。

あの忍者氏がどこの何者だったのか、いよいよ気になります。北海道にも出没しているということは、彼がトラウマになっている者が全国にいるということか?