2008年8月28日木曜日

『最後の忍者 どろんろん』 〜後編

さて、続きである。まずは藤田西湖とはいかなる人物か。

藤田西湖(ふじた せいこ、1900年(明治33年) - 1965年(昭和40年))は、甲賀流忍術を受け継いだ武術家。甲賀流忍術第14世を自称し、「最後の忍者」という異名を持つ。甲賀流忍術以外に南蛮殺到流拳法、大円流杖術、心月流手裏剣術、一伝流捕手術も継承していたとされる。

ただし、現在も川上仁一や初見良昭など忍術を伝承したと称する武術家が複数存在するため、藤田西湖が本当の意味での最後の忍者と言えるかどうかには異論がある。言わば一種のキャッチフレーズといえるが、その能力をもって政府機関に所属したという意味では「最後」ともいえる。

太平洋戦争中は、陸軍中野学校において南蛮殺到流拳法を指導した。(甲賀流忍術を指導したとする説もあるが、藤田は甲賀流忍術は誰にも教えなかったとされている)

以上、ウィキペディアからの転載である。

自叙伝によると、物心付くやいなや山伏の後を追いかけて家出。山中深くで修験道の修行共にするなどのやんちゃ三昧。その生まれついての素質を見込まれ、先代の祖父より甲賀流忍術の道統を伝授される。

祖父の逝去後、再び山中に入り、修験道の修行により千里眼の神通力を身に付け、評判を聞き付けた福来友吉東大教授の研究対称となる。

道場破りに行った先でコテンパンにされた謎の老人に南蛮殺到流拳法なる武術を伝授され、手刀で太い竹筒をオカラのごとく叩き割る恐るべき当身技を身に付ける。

学生時代には新聞社の記者として忍術を使って内偵を行い、大スクープを連発。さらには誰も借り手のない幽霊屋敷に陣取り、神通力を使って“生き神様”稼業を始め……

この続きは興味を持った方のお楽しみのために詳しくは書かないが、後藤新平、甘粕正彦、小泉又次郎(小泉純一郎元総理の祖父、元とび職で入墨があったことから「いれずみ大臣」の異名を持つ)、伊達順之介(壇一雄の小説『夕陽と拳銃』の主人公のモデルとなった満州馬賊) 石原莞爾、土肥原中将、皇族閑院宮殿下、陸軍中野学校(市川雷蔵の映画でその名を知られた日本陸軍のスパイ養成機関)と、出るわ出るわ、随所に戦前、戦中、戦後を彩ったビッグネームと知られざる秘話の目白押し。

まさにこの自叙伝は日本の隠された裏の歴史そのもの! とヨイショしたいところだが……四十才を前にして、私も疑り深くなってたりするのだ。

武道武術を嗜む者にとって、藤田西湖氏といえば甲賀忍者という肩書きとともに、一流の古武術研究者としての顔も有名である。本書にも出てきているが、GHQの迫害によって散逸し、消え去りそうになった日本武術の伝統が今に伝わっているのは彼の功績によるところも少なくない。そういった意味では、藤田西湖氏は本物だ。

ただし、だ。武道武術の世界はすべからく虚々実々、まさに生き馬の眼を抜く虚実皮膜の世界である。本書にも、その独特の“うさん臭さ”がプンプンしている。

・時代が違うとはいえ、わずか6才の子供がひとりで山に入り、修験道の行者と何か月も過ごせるものか?

・なぜ藤田氏の祖父は、自らの息子に忍術を伝授せず、孫である西湖氏に道統を託したのか?

・南蛮殺到流拳法発祥であるという薩摩の地に同流が残っていないのはなぜか? また、本書によると初代は鳥羽伏見の戦いで拳を振るった薩摩武士であり、藤田西湖氏が三世であるというが、それ以前の系譜は?

上げつらえばキリがないほどツッコミどころはある。しかも、このいずれもが、武道武術における、ある種の典型的パターンにあてはまるのだ。

幼い頃の神隠しで特殊能力を得るだの、一世代を飛ばした一子相伝の伝承だの、道場破りで負けての入門だの、(本来ならば武道流派が何よりも大事にするはずの)道統の不確かな流儀の継承、軍隊との不離不即の関係と特務機関での密命(故に正規の記録は残らない)などなど。いやはや、もう怪しいの怪しくないのって、そりゃもうワクワクしちゃうくらいだ。

このあたりの筋立て道具立ては、戦前の子供たちが夢中になった立川文庫などの講談本にいくらでも見いだすことができる。つまり、本書は藤田西湖氏のホラ話か? ……と考えるのはまだ早い。

武道武術の神髄とは、言い換えれば経験と探求の蓄積である。そして、その伝達は直接指導の面授面受でなければまず不可能である。藤田西湖氏が身に付けた術技や知識は独学で仕入れたり、でっち上げたりできるものではない。そこから推理するに、本書の裏の裏には戦後になってもなお公にできない事情なり人物なりが介在していたのではないだろうか? その本当の秘話の部分を講談本からのエピソードに仮託していたのだとしたら?

藤田氏に限らず、この時代を生きた武道武術家にはこういったケースが多い。大本教の出口王仁三郎とともに大陸雄飛した合気道の植芝盛平、特務機関員あがりなら、少林寺拳法の宗道臣(そーいや氏の通称カッパの本『秘伝少林寺拳法』(絶版)も同じ臭いがプンプンするな)、天風会の中村天風、沖ヨガの沖正弘らの名前がすぐに出てくるだろう。

野口整体の野口晴哉は、もっとも身近だった未亡人(しかも彼女は近衛文磨の娘だ)が書いたエッセイ『回想の野口晴哉』を読むと、あの技術をどこで学んだのかはっきりと記述していないのに、売り出し中の頃には不動金縛りの術で地廻りのチンピラを追い返したり、近所で評判の幽霊屋敷(!)を借りて施術所を開いたことに関しては事細かに書かれている。

さて、この事実をどう受け止めるか。そのウソ、ホントか? ホントのウソか? 

なお、本書に散見される術技や稽古法についての記述は、基本的に真実である。貫手を鍛える方法や、日本古武術における恐るべき当身の威力などは、私自身が関口流柔術に入門して学んだ事柄と重なる部分も多い。また、かなりのページを割いて説明されている甲賀流忍術の諸技術については、平成の世である今読んでも非常に興味深い。神通力や霊能力、超能力についても、ちょっとおもしろい記述が散見される。こればっかりは、その世界を知らない人にとってはデッチあげのヨタ話としか感じられないだろうが。

最後に蛇足ながら、元物書きのハシクレとして一言。文章を書く際にはふたつの鉄則がある。

『十のうち九つは真実を書き、ひとつだけ大嘘をつけば、その作品は見事なノンフィクションになる』
『十のうち九つは嘘っぱちでも、中にひとつだけ揺るぎない真実を織り込めば、その作品はリアリティ溢れる小説になる』

『虚実皮膜』芸術論を唱えた近松門左衛門も驚くマカ不思議な世界を、本職の物書きでないのにも関わらず書き上げた藤田西湖、恐るべし! 武道武術の修行者にはぜひ御一読をお勧めしたい奇書ナンバー1である。


『最後の忍者 どろんろん』(藤田西湖著/新風舎文庫/ISBN4-7974-9488-3)

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