2008年6月25日水曜日

南龍整体術との出会い 〜その2

病室のベッドで初めて目にした南龍整体術の記事。

だが、これを見て身体に電撃が走り、運命を感じ、
「ををっ! こりゃ凄いっ!!」と即、飛びついたわけではない。

そのころの私は、整体というものに関して、かなり懐疑的になっていた。
金と時間を使い、あちこちの整体やカイロ、マッサージを巡り歩いたのに、
結局治らずに手術を受けたのだから、当たり前といえば当たり前。

ただ、当時から棒術に興味を持ち、半ば我流で六尺棒を振り回していた私は、
南龍整体術の母体となった関口流柔術が棒術を得意とし、
『紀州の天秤棒』と呼ばれる太い六尺棒を自在に操るという記述と、
棒を構える師範の古い白黒写真に何か惹かれるものを感じた。

それから、さらに一年後。

結局、手術を受けたにもかかわらず股関節の具合は相変わらず。
「これは一生痛い足を引きづって生きていくしかないなぁ」と
半ば諦め、半ば投げやりな気持ちになっていた。

そんな頃、同じ現代武道を修行する大阪の友人が、興奮気味に電話をかけてきた。
クルマで5時間かけて和歌山県まで行き、凄い整体の先生の施術を受けてきた。
あっという間に腰痛が治った。気功も凄い。気の力で視力まで上げてしまう。
その結果、合わなくなった眼鏡の度数調整まで気功でやってしまう、と。
よくよく聞けば、入院時に読んだ『月刊秘伝』の記事の先生だ。
しかし、これを聞いた私は、なお一層懐疑的になった。
気功なんて、整体以上に信じられない。怪しくて得体が知れないではないか。

その後、大阪の友人は南龍整体術に夢中になり、
新大阪の分院で開かれている整体師養成講座を受講まで始めた。
そして「加島さんも一度診てもらいなよ」と、ことあるごとに勧めてくるようになった。

これには困った。
いかに友人の誘いとはいえ、信じてもいないのに大阪まで出かける気はない。
とはいえ、彼の気持ちを考えると、あまり無下にも出来ない。
電話がかかってくる度、あれこれ言ってはぐらかしていた。

時は過ぎ、南龍整体術の名を知ってから2年が経った春、
修行していた現代武道の稽古会が大阪で開催されることになった。
南龍にハマった大阪の友人も一緒に参加する。
「……これはもう逃げられないなぁ」
覚悟を決め、彼の顔を立てるだけのつもりで施術を受けることにする。

土曜の夕方、新大阪駅で新幹線を降りた私は、
迎えに来てくれた友人と連れ立って分院へと向かう。
目指すは駅からほど近い、ビジネス街の中にあるマンション。
表に整体院があることを示す看板らしきものは出ていない。

(後に気付いたが、マンション前の電柱に小さな看板が出ている。
しかし、これは分院に初めて来る患者さんに場所を示すための
看板で、広告効果を狙ったものではない。施術中に道を訪ねる
電話がやたら掛かってきて仕事にならないので、仕方なく出したとのこと)

部屋のドアを開けると、紫煙の香りが立ち込めていた。
玄関先からひと目で見渡せるワンルーム形式の中にいたのは
大阪の言葉ではない方言で談笑しつつ煙草を燻らす二人の年配の男性。
ひとりは眼鏡を掛けた小柄。もうひとりは坊主頭のずんぐりむっくり。
二人とも「南龍整体術」と胸に刺繍が入った白い稽古着を着ている。
こちらに向けられた目付きはいずれ劣らず鋭い。って言うか、怖い。

「……やっぱり来なきゃ良かった」と思っても後の祭り。
同行した大阪の友人と言葉を交わしつつも、二人の視線は
冷徹と言っていいくらの光を放ちながら、私に注がれ続けている。

私は、せめて物腰の柔らかそうな眼鏡の男性が
ここの先生であるように願いながら靴を脱いだ。

〜つづく

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